2022年02月05日 稽古日誌

2022年2月5日
無想剣稽古日誌
雪が舞いました。
その光景を目にしたときに思い浮かんだ言葉が
“如月に 舞し白雪 剣の路”
たぶん、
白雪の舞のような心で稽古をしなさい、
と言う天の声だと思われます。
さて今日の稽古の中から、“相打ち”と“縮地”の
話を掲載します。
まず相打ちが如何に大切であるか?
夕雲流の以下の話をしました。
「いつも相打ちよと心得る武士は、
一代運さえ尽きぬ程なれば、
無類の勇を働きたる事限りなし。
自分を全うして勝ちを取らんと計りしたる者々、
思うままに勝を得たるは一人も見えず。」
この文章を意訳すれば
「自分が殴るときは、相手から殴り返えされる
という覚悟のある者は運が強く、多くの勝ちを得る。
しかし“自分は良いけど他人は駄目”と思う輩は
勝ちを得る事が出来ない。」
そして久々に縮地の説明もしました。
私が短刀を持ち、Sさんが太刀。
私の短刀はSさんに届き、Sさんの木刀は届かない、
と言う結果が生じました。
Sさん曰く
「(短刀が)届くとは思わなかった。」
これも術や技ではなく全て心に有る、
と言う話をしました。
反対に、私が太刀、Sさんが短刀で相稽古をすると
やはりSさんの思う通りの結果
「短刀は届かない。」
となります。
無想剣の不思議さは、心の結果が全てであり
それが形に現れるという事です。
体格、体力、性別、年齢に関係なく
“心のありかたよって”
自然の勝ちが生まれます。